2021年12月6日 『 STELLA LIBERI FC 』が始動することが出来ました。チームに参加いただいた障がい児・者のみんな、そしてそれを見守っているお父様・お母様・ご親族の皆様、そして準備に奮闘してくれたスタッフ、また、この障がい児・者専門のスクールとして応援していただいている企業の皆様、そして、私の家族、多くの方たちの応援・支援により開講できたことを喜ばずにはいられません。
 私の子どもには、3歳のダウン症児がおります。恥ずかしながら申しまして障がい児・者に対しての行動をおこすことになったのも娘の存在があったからです。
子どもが産まれてから今現在まで、障がい児・者のスポーツ環境を私なりに調べてきましたが、障がい児・者のスポーツ環境が大きく変化したのは1948年、医師ルードウィッヒ・グッドマン博士によって、ストーク・マンデビル病院内で開かれたアーチェリーの競技会です。これは、第2次世界大戦で主に脊髄損傷した兵士たちの、リハビリの一環として行われた大会です。
もう一人、日本の障害者スポーツの最初の扉をこじ開けた医師『中村 裕』です。
中村先生は、グットマン博士に強い影響を受けた1人です。
この中村先生とグッドマン先生の出会いがなければ、日本のパラリンピック、障害者スポーツの発展もなかなか進まなかったでしょう。
中村先生のパラリンピック活動から約60年が経ちました。
しかし、障がい児・者を取り巻くスポーツ環境が大きく変化することはなかなかありませんでした。また、障がい児・者は、健常者の次という順番が存在している社会的弱者を認めている世の中です。
 私はこのチームを開講したことを始まりとし、スポーツを通じて障がい児・者のスポーツ環境を変化させたいと思っています。

     
  • ①社会的弱者とならない世の中の構築
  • ②健常者大会への出場
  • ③リハビリや余暇的以外のスペシャリストとして目指すスポーツ
  • ④チームの専属コーチとして生業とする
  • ⑤障がい児・者専門のスポーツスクールを全国展開する
  • ⑥障がい児・者のトレーニング施設を開設
  • ⑦すべての都道府県でもう一つの選手権に出場、そして優勝へと導く(全国知的障害特別支援学校高等部サッカー選手権「もうひとつの高校選手権」 )
  • ⑧スペシャルオリンピックス、デフリンピックス、パラリンピックの出場
  • ⑨その他のこれから出会う壁たくさんの目標を掲げていますが、日常に起こる喜・怒・哀・楽を必然ととらえながら、何よりスポーツで身体を使うことで明るく・生き生きとした日常をもっていただけたらと思います。

『 STELLA LIBERI FC 』代表 井上護

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